asdおじさん

自閉症スペクトラム障害について 備忘録など

好きな言葉1

世に伯楽有りて、然る後に千里の馬有り。千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず。

故に名馬有りと雖(いへど)も、秖(た)だ奴隷人の手に辱められ、槽櫪(さうれき)の間に駢死(へんし)して、千里を以つて称せられざるなり。

馬の千里なる者は、一食に或いは粟一石を尽くす。馬を食(やしな)ふ者は其の能の千里なるを知りて食はざるなり。是の馬や、千里の能有りと雖も、 食飽かざれば、力足らず、才の美外に見(あらは)れず。且つ常馬と等しからんと欲するも、得べからず。安(いづ)くんぞ其の能の千里なるを求めんや。

之を策(むち)うつに其の道を以つてせず。之を食ふに其の材を尽くさしむる能はず。之に鳴けども其の意に通ずる能(あた)はず。

策を執りて之に臨みて曰はく、

「天下に馬無し。」と。

鳴呼、其れ真に馬無きか。其れ真に馬を知らざるか。

「雑説」    韓愈

 

 

世の中には伯楽(名馬を見分ける)がいてこそ、千里の馬を見いだせる。

千里の馬は常に存在するが、伯楽は存在するとは限らない。

ゆえに、千里の馬であったとしても、ただ粗末に扱われたら、平々凡々の馬と化す。

千里の馬は、たくさん食料を必要とすることもある。しかし、飼い主は千里の馬と知って、食べさせている訳ではない。きちんと食べさせてもらえなければ、千里の馬でも能力が発揮できないし、その能力が表に出ることもない。

飼い主は馬を育てるとき、千里の馬と思ってふさわしい扱いをせず、育てるのに、その能力を伸ばすこともしない。

そしてその馬は、飼い主に扱いの不当さを訴えたとしても、飼い主は馬の気持ちをくむことができない。

それでも飼い主は 世の中に名馬はいないと嘆く。

本当に名馬はいないのであろうか?